娘が生まれて、息子もようやく家に戻ってきて、親子4人での生活が始まりました。

生後半年はあまり外に出さないように、と言われていたこともあって、用事がある時以外はあまり外に出ない日々を過ごしました。

息子もまだ幼稚園入園まで半年あり、習い事といえば月2回のリトミックぐらいで、後は近くの児童館の幼児グループに週1回通っていました。
できるだけ、以前と生活が変わらないように、息子の用事の時は、娘を近くに住む私の姉や母に来てもらってみてもらいました。

出産後1ヶ月ぐらいして、娘が「ダウン症」だという結果が出ました。
この結果が出るまでの1ヶ月・・・とても苦しかったです。
ネットでダウン症についての情報を調べて、娘はそんなに目がつりあがっていないので、「絶対違う」と思ったり、でも、手相を見ると、ダウン症の特徴であるサル型だったので「やっぱり・・・」と思ったり・・・
考えずにいよう、と思っていましたが、考えずにはいられませんでした。

でも、結果が出て、「もう受け入れるしかない」という覚悟ができたような気がします。
産後、市の保健師さんが来てくれたのですが、その人に市内のダウン症の親の会を紹介してもらったり、近隣の市の親の会でしている活動を教えてもらったりしました。

そして、親の会の会長さんに電話してみました。
その時の「大丈夫。ちゃんと育つから」「生まれた時が一番辛い。後はどんどん楽しくなるよ」という言葉は今でも時々思い出します。
そうかー、ちゃんと育つんだ・・・悲しい未来しかないような気がしてたけど、そんなことないのかな・・・と思えました。

思えば、「娘がかわいそう」と思って泣いていたのではなく、「親である私がかわいそう」と思っていたんだと思います。
自分がこんなに障害者に対して偏見がある人間だとは、思ってもみませんでした。
自分にこんなにも偏見がある、ということをつきつけられ、動揺していたんだと思います。

生まれてからも、しばらくこうやって思い悩んでいましたが、それを救ってくれたのは、息子の存在でした。
あんなに重い病気にかかったにも関わらず、家に戻ってきてからどんどん回復し、以前よりもよく動いてしゃべるようになった息子を見て、「よし!二人のために私も落ち込んでばかりいられない」と思いました。

渓と早希